Zガンダムにおけるトミノ・エンディング

機動戦士ZガンダムII -恋人たち- [DVD]

機動戦士ZガンダムIII-星の鼓動は愛-のラスト・シーン。ノーマルスーツ姿で抱き合って生きている事の素晴らしさを謳歌するカミーユとファ。そんな二人をヒュー、ヒューと冷やかすアーガマのブリッジ・クルー。このスクリーン上に爆発する歓喜の光景から観客席の僕は白けた気分のまま置いてけぼりにされてしまった。
「彼らは何がそんなに嬉しいのだろう？」
これは当然僕自身に向けられた問でもある。
「僕はなぜこんなに白けているのだろう？」
この一組の問の答えが見つからないまま２週間近く過ぎたが、書店で立ち読みしたキネ旬の富野監督インタビューを読んでやっとこの問の答えがわかった。

彼らが嬉しいのはカミーユが無事だったからだ。
そして僕が白けたのはエマさんが死んだからだ。

Ｚガンダムをギャルゲーに例える議論がある。この例えでいくとＴＶ版のラストは最悪のエンディング、バッドエンディングということになる。主人公カミーユはＴＶ版では誰とも結ばれることなく終わった。ラストでシロッコと差し違えて精神崩壊を起こし、続編ＺＺに出てきた時には彼は療養中の身の上だった。
ところが映画版では富野監督はこのラストを変更して、カミーユは気が狂うことなくファと結ばれた。これに名前を付けるならファ・エンディングということになるだろうか。つまり映画版Ｚガンダムとは、富野監督によるギャルゲー「Ｚガンダム」のリプレイなのである。そしてプレイヤー・トミノは今回のプレイでは自分好みのエンディングであるファ・エンディングに目出度くゲームを持ち込めたというわけだ。だからあんなに喜んでいるのだ。
ラストシーンにおけるファやカミーユ、あるいはアーガマクルーのはしゃぎぷりは少し度を超しているように見える。あのはしゃぎぶりは単にカミーユが無事だったというだけでは説明がつかない。彼らは「カミーユは今回は無事だった」から喜んでいるのだ。「カミーユは前回は無事ではなかった」と知っている人だけがあそこまで喜べるのだ。またこれはプレイヤー・トミノ自身の「やった！とうとうファ・エンディングでクリアできたぞ」という喜びでもある。そして僕の嘆きはつまるところ「だったらついでにエマさんも生かしておいてくれよう」という他人のプレイを指をくわえて見るより他はない無力な観客の呟きに他ならない。

富野監督は映画ではスト−リーに変更を加えカミーユを救った。だったらエマさんも救ってもよかったはずだ。事実、映画ではエマさんのスト−リーにも手が加えられている。ＴＶではラーディシュが撃沈された後にエマさんも死ぬのだが、映画ではカミーユに救助され無事アーガマに収容されるというように変わっている。この展開を見て「え？エマさんも生き残るの？」と驚いたのは僕だけじゃないはずだ。
ところがエマさんはよせばいいのにアーガマから再出撃してレコア・ロンドと差し違える形になって死んでしまった。放棄されたサラミス改の中でカミーユがエマさんを看取るというステージは今回のリプレイでもしっかりプレイされたのだ。ただ順番が少し後ろにズレただけだ。
富野監督はエマさんを救うという選択肢も取れたはずだ。エマさんを救うとレコア・ロンドが生き残ってしまうからまずいのかもしれないが、だったらレコアも生き残る展開にしてもよかっただろう。いやレコアだけじゃない。サラだってカツだってヘンケン艦長だってシロッコだって生きてたってよかったじゃないか。さすがにバスク・オムやジャミトフまで生きてても良いとは思わないが。
あるいは逆にひたすらストイックにプレイしてバッドエンディングをもう一度なぞることも出来たはずだ。そういうエンディングになっていれば僕はたぶん白けなかっただろう。しかし富野監督はエンディングを変更し、カミーユだけを救ってファと結ばせたのだ。自分の喜びのために。
ここまでくればもう明らかだと思うが、映画版Ｚガンダムとは富野由悠季によるガンダムの私物化の試みだったのだ。*1まあ富野監督に言わせれば、ガンダムを自分の手に取り戻したということになるのだろう。ラストで富野監督はガンダムを取り返したぞとはしゃいでいる。そして手中の俺ガンダムを富野監督に強奪された観客としては、巡洋艦アレキサンドリアを指揮してアーガマを追撃するわけにもいかないので、あのはしゃぎぶりを見て「ああよかったね」と白けるしかないのだ。
こうしてガンダムはオデッサの鉱山基地のようにトミノ将軍に奪還されてしまった。いや我々にはまだガンダムの種が残っている。これさえあれば後十年は戦えるという人も世の中にはいるかもしれないが、あいにく僕はそういう人種ではない。するとあとに残るは安彦ガンダム？もう希望はこれしかないのか。

*1:ターンＡもそうだったのかも知れないがあたしゃちゃんと見てないのでコメントできない