漱石の「文鳥」に学ぶプロジェクトが失敗する二つの理由

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

青空文庫文鳥
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明治四十一年に朝日新聞に連載された小品。文庫本で二十頁ほどである。
内容は要約すると「弟子の薦めで文鳥を飼ったはいいが、不注意で死なせてしまった」というだけの話である。もちろんそれだけの話ではなく、「その日は一日淋しいペンの音を聞いて暮した」などといった、人に囲まれているようで意外に孤独な漱石の心象風景が描かれるのであるが、その辺の分析は文系の方にお任せしたい。理系として気になるのはただ一点、「なぜ文鳥は死んだか?」である。

文鳥の直接的な死因は、二日続けて餌をもらえなかったことによる餓死である。で、誰が餌をやることになっていたかというと、始めは漱石が自ら餌をやっていたのだが、朝早く起きて鳥に餌をやるなどという規則正しい生活が文学者に出来るわけがなく、文字通り三日坊主に終わる。そして結局は家人の仕事ということになるのだが、このあたりがひどく曖昧である。

朝は依然として寝坊をする。一度家(うち)のものが文鳥の世話をしてくれてから、何だか自分の責任が軽くなったような心持がする。家のものが忘れる時は、自分が餌(え)をやる水をやる。籠(かご)の出し入れをする。しない時は、家のものを呼んでさせる事もある。

一度家(うち)のものが文鳥の世話をしてくれてから、何だか自分の責任が軽くなったような心持がする。」というのはあまりにも正直すぎて苦笑を禁じ得ないし、また身につまされるところもある。とにかく文鳥の世話というのは漱石か家人のどちらか気がついたものがやるということで暗黙の了解が出来ていたようだが、明確に誰の責任であるとは決めてはいなかったようだ。このような体制ではいつか事故、すなわち餌のやり忘れという事態が発生するのは避けられなかったであろう。

プロジェクトにおいても責任や役割の分担が曖昧であり、しかもその状況になんとなく安住してしまうという事態はしばしば起こりうる。しかしこのような状況は結局はいつかは事故を起こす。事故を起こさないためには責任や役割の分担を明確にしておく必要がある。漱石にしても家人に対して「餌をやるのは君の仕事だ」と明確に言い渡しておけば文鳥が死ぬようなことはなかったに違いない。

しかし漱石の「文鳥」には役割分担以前の重大な問題がある。そもそも漱石は本当に文鳥を必要していたのだろうか?
漱石文鳥を飼うことにしたのは門人である小説家、鈴木三重吉(1882-1936)の薦めによる。漱石自身はあまり興味はなかったようである。ただ鈴木三重吉が前年、文鳥が出てくる小説を書いていたのでその影響もあったのかもしれない。以下は「文鳥」冒頭における漱石鈴木三重吉のやりとりであるが、コンサルに言いくるめられて高価なITソリューションを売りつけられる鷹揚な企業のトップを彷彿とさせはしないだろうか?

文鳥は三重吉の小説に出て来るくらいだから奇麗(きれい)な鳥に違なかろうと思って、じゃ買ってくれたまえと頼んだ。ところが三重吉は是非御飼いなさいと、同じような事を繰り返している。うむ買うよ買うよとやはり頬杖を突いたままで、むにゃむにゃ云ってるうちに三重吉は黙ってしまった。おおかた頬杖に愛想を尽かしたんだろうと、この時始めて気がついた。
すると三分ばかりして、今度は籠(かご)を御買いなさいと云いだした。これも宜(よろ)しいと答えると、是非御買いなさいと念を押す代りに、鳥籠の講釈を始めた。その講釈はだいぶ込(こ)み入(い)ったものであったが、気の毒な事に、みんな忘れてしまった。ただ好いのは二十円ぐらいすると云う段になって、急にそんな高価(たかい)のでなくっても善(よ)かろうと云っておいた。三重吉はにやにやしている。

上から振ってくるプロジェクトというものがある。大抵は企業トップが同業あるいは異業種の交流会でこれはよいと薦められたとか、あるいは企業トップが外部からのトップセールスに陥落したという理由で始まる。このようなプロジェクトはほぼ確実に失敗する。例外はほとんどない。漱石文鳥漱石に飼われてしまった時点で、失敗、すなわち死は避けられなかったのかもしれない。

小説末尾。漱石は餓死した文鳥の死骸を手にして家人を呼びつける。

十六になる小女(こおんな)が、はいと云って敷居際(しきいぎわ)に手をつかえる。自分はいきなり布団の上にある文鳥を握って、小女の前へ抛(ほう)り出した。小女は俯向(うつむ)いて畳を眺めたまま黙っている。自分は、餌(え)をやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女の顔を睥(にら)めつけた。下女はそれでも黙っている。
自分は机の方へ向き直った。そうして三重吉へ端書(はがき)をかいた。「家人(うちのもの)が餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ尽くさないのは残酷の至りだ」と云う文句であった。

確かに残酷の至りではある。
以上、「文鳥」における漱石の行動についてあれこれと書いてきたが、この一文は他山の石にすらならないであろう。我々が漱石の立場に立てるようなことは希であろうし、十六の小女にでもなれるのならまだましかもしれない。こんな主人に飼われる文鳥にだけはなりたくないものだ。