怖い本の話(その1)

なんかリクエストを受けてしまったので,僕が怖いと思う本について何回か書いてみようと思う.
とはいえ僕が怖いと思うような本を普通の人が読んで怖いと思うかどうかは保証の限りではない.今日紹介する本もそういう本である

われ万死に値す―ドキュメント竹下登 (新潮文庫)

元首相竹下登の半生に取材したノンフィクション.単なる政治家の評伝のどの辺が怖いかというと,竹下の周辺では秘書二人が相次いで自殺している.以下は国会の証人喚問でこの点について言及され議員辞職を迫られた時の竹下の答弁である.

「今おっしゃいました,私という人間の持つ一つの体質が今論理構成されましたような悲劇を生んでおる,これは私自身顧みて,罪万死に値すると私思うわけでございます.」(「 われ万死に値す―ドキュメント竹下登新潮文庫版138ページ)

自分自身をこのように規定できる人間の内面というのはどのようなものであろうか?彼は自分が何者で何をやってきたかを十分に承知しており,そこに何かの幻想が入り込む余地があったとは思えない.彼が背負った世界の重さは常人には耐え難いもので,側近である秘書二人はその重さに耐えかねて死を選んだのであろう.しかし竹下登膵臓ガンで七十六歳で死去するまで重みに耐えて生き延びた.
本書はジャーナリスト岩瀬達哉の「竹下の精神世界に迫ろうとする試み」である.だが竹下登という人間の内面はジャーナリストではなく文学者が扱うべき領域に属すると僕は思う.まあ今時の文学者に扱える題材だとは思えないが.


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