ダークホルムの闇の君

ダークホルムの闇の君 (創元推理文庫)

ダークホルムの闇の君 (創元推理文庫)



魔法の世界、といっても竜が空を飛び、エルフやドワーフが住み、テレポートが出来たり、グリフォンのようなキメラが合成出来たりする以外はごく普通の世界である。この世界が普通でなくなったのは皮肉にも我々が住むような普通の世界のせいである。実業家ロナルド・チェズニー氏が魔物と結んだ契約によって魔法の世界はチェズニー氏の会社が送り込んでくる観光客のためのアトラクション会場に変えられてしまった。演じられるのは善と悪が世界を賭けて戦う豪華戦乱絵巻。ただし全てがリアル。そのため魔法の世界は観光シーズンの度に、民は殺され、土地は荒らされ、都市は焼かれる始末。そして今年のラスボス、闇の君役の白羽の矢が立てられたのはダークホルム在住の平凡な魔術師ダーク氏。押しつけられた激務は否応なくダーク氏の家族を巻き込み、ダーク家は家庭崩壊の危機に直面する。
あらすじからわかるように、ファンタジー、コアなファン以外がファンタジーと言えば連想するようなステレオタイプな要素が徹底的に茶化されている。ネタバレになるがオチからしデウス・エクス・マキナだ。茶化されている主要なターゲットは指輪物語。アトラクションのマニュアルである黒の本には、黒の乗り手は水を渡れないと書いてあるし、ガラドリエルという名前のドワーフが出てくる。たぶん作者は指輪物語のような話を書いてくれとせがむエージェントにさんざん悩まされたのだろうな。
読んでいてどうしても思い出してしまうのが、ゲド戦記TV Movie化の一件である。以前書いたネタだが、アーシュラ・K・ル=グウィンの傑作、ゲド戦記が米SCI FI ChannelによってTVミニシリーズ化されたのだが(公式サイト)、出来上がったものは原作無視の指輪物語風の戦乱絵巻になってしまったのだ。作者の公式サイト(http://www.ursulakleguin.com/)にコメントが載っているのだが、契約を盾に取られてどうにもならなかったようだ。ゲド戦記の舞台、我々ファンタジーファンが愛するアーキペラゴはダークホルムと同様、他所の世界のビジネスマンと観光客によって蹂躙されてしまったのである。もちろんこんな話はファンタジーに限らずどこにでも転がっている。小説や漫画が映像化されたり、あるいは映像作品がリメイクされたりする時、必然的につきまっとてくる。しかも「ダークホルムの闇の君」と違い、最後に神様が降りてきて助けてくれたりはしない。
ところで「ダークホルムの闇の君」の真の悪役、ロナルド・チェズニー氏の名前は明らかにあのウォルト・ディズニー氏のもじりである。そのディズニー氏が創った会社では目下、C・S・ルイスの「ナルニア国ものがたり」の映画化が進行中である。第一作「ライオンと魔女」は全米で今年12月に公開予定である。やはりナルニア国もディズニー氏によって蹂躙されてしまうのだろうか。まあ蹂躙といってもかなり改変されるというか、細部にコテコテとデコレーションが施されるのは避けがたいだろう。ファンの人には怒られるかも知れないが、原作のキャラクター造形は現代の視点から見るとあまりにも素朴すぎる。やはりアメリカ人に食わせるようなお菓子は砂糖がたっぷり乗ったこってりしたクソ甘いものじゃないといけないしねえ。