浮気

ソースを示せないのがあれだが,大分トリニータ浮気哲郎戦力外通告を食ったらしい.
どこもおなじだね.

僕は2001年シーズンは当然J2も見まくったわけだが,えーと

仙台 湘南 山形 大宮 山形 鳥栖
山形 大宮 川崎 仙台 仙台 横浜FC 大宮

山形のほうが一つ多かったか,不忠者め

2001年シーズンの山形は柱谷幸一監督が就任した年で,就任一年目にして柱谷サッカーと呼ばれるようになった素晴らしいサッカーを見せ,J2に旋風を巻き起こした.惜しくもというか,危なかったというか(笑)山形は最終節で90分以内に勝利することができず,この年は3位に終わった.とはいえ次シーズンの活躍は確実視されたが,2002,2003シーズンともに不振に終わり,柱谷監督は今年退任した.

今の僕は柱谷サッカーというものが存在したのかどうか疑っている
存在したのは浮気サッカーだったんじゃないだろうか?

僕が2001シーズンに見た山形のベストパフォーマンスは横浜FC戦である.J2 36節 2001/10/06 横浜FC 0 - 2 山形 (2001年の公式記録はネット上に存在しないのか,ぶー)

この試合僕は三ツ沢のバックスタンド真ん中ややアウェイ寄りで見ていたのだが,ゲーム中ほとんど浮気だけを見ていた.別にその気があるわけじゃなくて(笑)この試合は浮気だけを見ていれば事足りた.なにせゲームの攻防の焦点には必ずボランチの24番(当時の浮気の背番号)がいたのである.むしろ浮気を追いかけていればゲームの次の展開が読めたくらいだ.
ゲームの細部はもう忘れてしまったが,ひとつ印象的な場面を覚えている.後半半ばくらいか.山形は横浜FCを敵陣に押し込めて総攻撃をしていたが,ゴールを割れず膠着状態に陥り,カウンターを食らいそうな気配すら漂ってきた.
その時,中盤の底でボールを持った浮気は強烈なロングシュートを思い切り放った.ただし度外れで,ボールは誰もいない(モンテのサポはバックスタンドに陣取っていた)ゴール裏に突き刺さった.当然横浜FCゴールキックとなり,山形の選手たちは整然と自陣に引き上げた.あのシュートはどう見ても引き上げの合図である.確か当時の山形の主将はミスターモンテディオ高橋健二だったが,誰がピッチ上で真に選手達を掌握しているのかは明らかだった.
その浮気は2002年シーズンは山形の主将に任命されるはずであったが,当時J2の大分に引き抜かれた.そしてこの年大分はウノ・ゼロと呼ばれた驚異的な堅守により,下馬評が高かったセレッソ大阪を退けJ2で優勝した.この大分の快進撃に浮気が大きく貢献したのは間違いない.
しかし2003年シーズンは開幕当初こそ先発だったが,その後ベンチにすら入らなくなったようだ.最終戦となった仙台戦にも当然出場していない.したがって僕が浮気のプレイするのを見たのは2003年開幕戦の仙台ー大分戦となるわけだが,この試合,僕はうちの選手を追いかけるのに必死で浮気のことなんか忘れていた.ごめんね,浮気.
浮気は現役続行の意思があるらしい.良くてJ2だろう.うちは若手優先とかで取らないだろうが,よそのチームで取ってくれるところがあれば敵ということになるな.
その時はお手柔らかにね.

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