哲学者の誕生



Amazonでは書名が「二十世紀の自画像」になっている。修正依頼は出したのだけどまだ反映されていないようだ。
ソクラテスプラトンの呪縛から解放する本。プラトンに比べ二流視されてきたクセノフォン以下の著作を正しく評価し、ソクラテス派、あるいはソクラテス文学と呼ぶべき知的文脈の中にソクラテスを置き直し、古代ギリシャにおける哲学誕生のプロセスを検証する。
なおアルキビアデス萌えの人は必読。第5章にはその名も「アルキビアデスの誘惑」という題名が冠されており、プラトンを始めとするソクラテス派の著作の抜粋を駆使してソクラテスとアルキビアデスの関係を検証している。失われたソクラテスとアルキビアデスとの対話編を断片から復元するくだりは、引用元となったキケロに「パラフレーズしている」と文句をつけるなど、かなりスリリングである。

投げ銭よりたれ銭

なんか世の中、投げ銭という遊びが流行っているようですね。
なんでもネット界の八百八町を騒がす有象無象の悪党目がけて、小銭をでいやーっと投げつける遊びだそうで。お金を遊びに使うというのは教育上よくありませんし。まして石つぶてのように人にぶつけるなんてどうみてもいじめとしか思えませんね。まあネット界の悪党や傾奇者を自任する人達なら捕り物ごっこも面白いでしょうが、山本一力藤沢周平の小説に出てくるような極真っ当なはてな市井人でありたい僕にとっては投げ銭なんてどうでもいい話ですけど
さて、ネタはともかく、投げ銭という仕組みは以前失敗した試みを引き摺っているようで、どうも未来指向のはてならしくないと思います。もっと別のアプローチがあったのではないかと。
僕はこういう仕組みはむしろRSSリーダーの方に仕込むべきではなかったかと思うのです。
まずはてなRSSに有料コースを設けます。月千円とか。有料コースを選んだ人は自分のRSSリーダーに登録してあるブログの中で、ここにはお金を払いたいなあというところにマーキングをします。そしてマーキングされたブログの持ち主のところに月千円をマーキングされたBlogの数で割った金額が月末に払い込まれる。こういう仕組みです。音楽の定額制配信みたいなものですね。
だいたい今の投げ銭システムは投げる側にしてももらう側にしても緊張感とか心理的抵抗がありまくりです。払う方も記事を読むたびに、この記事にはいくら払おうかといちいち考えないといけませんし、もらう方だって、もらう度にいちいちメールが届くなんてウザ過ぎますな。しかもメールを開けて見たら、もらったのは1ポイントだったなんてのは最悪でしょう。実際、一部では遊びや嫌がらせに使われている節もあるとか。
それよりも払う側ももらう側も、お金をやりとりするという事を強く意識せずに使えるシステム。お金が払う人のところからもらう人のところにたらたらーと流れていくような仕組みの方が心理的抵抗も少ないし長続きするんじゃないかと思うのですよ。