ハリケーン、リバティー船、あるいはわたしを番号で呼ぶな

カトリーナ」などハリケーン多発、命名在庫は4個に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050928-00000516-yom-int

今年はハリケーン多発したので、命名用に用意しておいた名前のリストを使い切りそうだという話。21個中17個まで使われ、残りは4個しかないそうだ。使い切ったら今度はギリシャのアルファベットを利用して「アルファ」「ベータ」「ガンマ」と呼ぶらしい。
そんなことをするなら素直にハリケーン1号、2号と番号で呼べばいいと思うのだが、あちらの国の人達はとにかく名前で呼ぶ事に拘るらしい。
今ちょうど読んでいる本にもアメリカ人の命名への恐るべきこだわりを示すエピソードが出てくる。


戦時商船隊―輸送という多大な功績 (光人社NF文庫)

戦時商船隊―輸送という多大な功績 (光人社NF文庫)


第二次大戦中、アメリカはリバティー船と呼ばれる戦時標準型船舶を2712隻建造した。建造総トン数は1944万総トン。これは日本が大戦中に建造した船舶の建造総トン数の5倍を超える。しかも日本が建造した戦時船舶は概ね1000総トン以下の小型船舶であったのに対し、リバティー船は7000総トンを越える大型船舶である。
アメリカの工業力、量産能力の膨大さを如実に示す数字であるが、そのアメリカの膨大な建造能力を持ってしても、量産できないものはあったのだ。それは船の名前である。

世界の海運界では同一形式の船には、また同一海運会社の持ち船には系統だった船名をつける習慣がある。リバティー船の場合には第一船のパトリック・ヘンリーを基本に、当初はアメリカ建国以来の歴史上のリーダーやヒーローの名前がつけられることになっていた。
ところがアメリカの歴史は200年そこそこしかなく、200隻目頃から該当するヒーローやリーダーの名前が尽きてしまった。


戦時商船隊―輸送という多大な功績 186ページ

そのため命名基準を拡大して歴史上の著名な有名人の名前を手当たり次第につけることになった。作家、芸術家、冒険家、実業家、さらにはこれはアメリカらしいと思うのだが、ボーイスカウトガールスカウトのリーダーの名前までつけた。
それでも2712隻分の船の名前を満たすには遠く及ばず、今度はアメリカゆかりの著名な外国人の名前までつけた。これで足りなくなると今度は戦死した商船乗組員の名前をつけたのである。
ところがこれでも足りなくなって、しょうがないので一つタブーを破った。
そのタブーとは生きている人の名前はつけないというタブーである。生きている人の名前をつけた船が沈んだら縁起が悪い。まして戦時中だから撃沈される可能性は高い。
しかしつける名前の候補が尽きてしまったので、本人の同意を得た上で勇敢な商船乗組員の名前を付けたのである。
Liberty Ships, Master List of Namesというサイトにリバティー船につけられた名前のリストがある。「戦時商船隊―輸送という多大な功績」の著者は興味深い著名人の名前として、アメリア・ハート、グラハム・ベルニコラ・テスララフカディオ・ハーンオー・ヘンリー、ワイアット・アープの名を挙げている。他にもナサニエルホーソンハーマン・メルヴィルエドガー・アラン・ポーという名前の船もあった。ハーマン・メルヴィルエドガー・アラン・ポーなんて名前の船は白鯨に沈められたり、大渦巻きに飲み込まれたりしそうな気がするのだが、アメリカ人はそういうことは気にはしなかったようだ。
それにしても2712隻分の船の名前である。足りないというならどっかの時点で人名をあきらめて「リバティー2005号」とか呼ぶ事にしてもいいと思うのだが、とにかく英米人は番号ではなく名前で呼ぶ事にこだわる人達らしい。そういうこだわりがあるから「プリズナーNo6」なんて番組が成立するのだろう。*1


プリズナーNO.6〈コレクターズボックス(6枚組)〉 [DVD]

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主人公は英国の情報部員。上司に辞表を叩き付けた直後に正体不明の組織によって拉致され、謎の村に監禁される。その村の住民は全員名前ではなく番号で呼ばれており、主人公もNo6という番号を付けられる。
番組のオープンニングではいつも禅問答じみたやりとりが交わされ、村の実質的な支配者No2*2に"おまえは No6だ"といわれたところで主人公が"番号なんかでよぶな、わたしは自由な人間だ"と叫ぶのだ。主人公にとって番号で呼ばれる事は自由を奪われることなのである。
さてこの話、日本人が主人公ならどうなるだろう。"おまえは No6だ"、"そうなんですか"なんて感じに案外あっさり番号で呼ばれる事をうけいれてしまうのではないだろうか。実例もある。



サイボーグ009 Vol.1 [DVD]

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サイボーグ009」の主人公も「プリズナーNo6」と同様、謎の組織ブラックゴースト団に拉致され、しかも改造手術まで受け、00ナンバーサイボーグと呼ばれるようになる。
もちろんすぐに反旗を翻して、以後ブラックゴースト団との闘いが延々と続くのだが、ひとうおかしなことがある。
00ナンバーサイボーグという呼称はブラックゴースト団に押しつけられたものである。そのブラックゴースト団と戦うのだから、まず最初にやるべきことは敵につけられた名前の拒否である。No6同様、島村ジョーも"番号なんかでよぶな、俺は自由な人間だ"と叫ぶべきなのだ。ちなみに「プリズナーNo6」の原題は"The Prisoner"で番号はついていない。


サイボーグ009」だけではない。「仮面ライダー」だって同じように拉致監禁改造され、「仮面ライダー」という名前を押しつけられたのに、自分のことを「仮面ライダー」と名乗っている。*3他にも敵につけられた名前じゃないけど「モモレンジャーと呼ぶな!」とか「ミミズクのリュウなんていやじゃ」なんて叫びがあってもよさそうなものだが、どうも日本人は他人につけられた妙な名前をあっさり受け入れてしまうようだ。しかもこれはブラウン管の向こう側だけの話ではない。もちろんお笑い芸人や加勢大周1号、2号の話でもない。



以下の話は僕の記憶が正しければという留保条件付きで、事実だと保証する。10年以上前にNHKのニュースがある会社の特異な取り組みについて報じた事がある。
その会社はコーポレイトアイデンティだかなんだかの改革の一環として極めて大胆な試みを行った。
社員の名前を変えてしまったのだ。
もちろん戸籍上の名前を変えたわけではないのだが、ちゃんと名刺まで刷って社員としての名前を本名とは別にしてしまったのだ。
しかもその名前が凄い。「犬山白雄」とかそういう動物系の名前に変えてしまったのだ。ゴリ山さんはいたかどうか忘れたが、猿田さんはいたはずだ。親しみやすい名前に変えれば、営業活動なんかの社外とのコミュニケーションが円滑にいくとかそういう理由だ。
いや、ネタじゃないよ。僕の記憶が正しければという留保条件付きだが本当の話だ。確か犬山課長が外に行って名刺交換するところまでカメラは追いかけていった。
残念なことにGoogleで調べては見たが、この会社の恐るべき試みとそのたぶん無惨であろう結末を記した古文書は見つからなかった。有史以前とはそんなものだ。これが今なら、2chに速攻でスレが立って、十指に余るニュースサイトがリンクを張って、はてブであっさり400userを越え、1万を超えるブログがネタにするだろう。その会社の名前はインターネットがある限り燦然と輝き続けるに違いない。


まあ今だってわからない。ほりえもんあたりなんかの気まぐれでそんなことやりそうだし、はてなだって近藤さんがある日突然気が狂って「naoya君*4、今日から君はカモミールだ」と言い出すかもしれない。世の中一寸先は闇だ。


というわけでこのへんでこのエントリは終わるのである。特に結論はない。強いて言えば僕のはてなIDはmoleskinである。だから僕のことはmoleskinと呼んで欲しい。*5

*1:イアン・フレミングの「007」はどうなんだというツッコミはしないでほしい

*2:No2の人はなぜか毎週変わる

*3:原典にあたっていないので間違っているかもしれないが

*4:100ポイントありがとう

*5:もちろんハーマン・メルヴィルの「白鯨」のパクリである