プーチニズム 報道されないロシアの現実

プーチニズム 報道されないロシアの現実

プーチニズム 報道されないロシアの現実


ロシアでは、レイプ犯罪が起きた場合、女性が非難されることが多いという。夜遅くまで外出していたためだとか、挑発的な派手な服装をしていたとか、まるで落ち度は女性にあるかのように批判される。29歳の主婦アレクサンドラ・イワニコワさんも、その一人。車の中でレイプされそうになり、バッグに持っていた護身用のナイフで相手を刺した。男はあいにく出血多量で死亡したが、イワニコワさんは、その時、自分が殺人罪に問われようとは、夢にも思っていなかった。

レイプ犯に反撃して死なせてしまったら殺人罪で有罪判決を受けたという事件。
幸い控訴審で一審判決を破棄する決定が出た。検察当局からも判決を破棄して欲しいという要請が出た。
さてこの事件、どこで驚くべきだろうか?
正当防衛が認められなかったことか?いやロシアで理不尽な判決がでるのは日常茶飯事だ。
控訴審で一審判決を破棄する決定が出たことか?いやロシアで矛盾した判決が出るのは珍しくない。
検察当局が自ら判決を破棄して欲しいと要請するなどこの女性のために便宜を図った事か?いやロシアでは警察、検察、裁判所などの法執行機関は誰かの私益のために便宜を図るのは普通だ。
正解は、ただの一個人に過ぎない女性のために控訴審が判決を破棄し、検察が判決の撤回を要請したことだ。ロシアで法執行機関を含む当局がただの一個人のためにこんなに気を配ってくれるのは大変珍しい。大抵は当局はただの個人なぞ存在しないかのように振る舞う。この女性は大変幸運だったに違いない。もちろんロシアにはいつも幸運な人達がいる。ニューロシアンと呼ばれる新興成金である。この人達にはロシアの法執行機関は大変丁重に接する。ロシアの法執行機関は彼らニューロシアンの所有物だからだ。
ロシアという国家は20世紀末ではソ連崩壊および1998年のデフォルト*1という二度のクラッシュを体験した。その結果ロシアという国家は事実上破壊された。そして破壊された国家の断片を手に入れたのがニューロシアン達である。もっともそのころ彼らはマフィアと呼ばれていたし、今もそう呼ばれ続けている。そうした私物化された国家の頂点にたったのがプーチン大統領である。プーチン政権下では国家の私物化がさらに推し進められた。今のロシアには誰かの私物でないものはない。ある意味究極の資本主義であり、究極のリバータリアニズムでもある。力がある個人に介入する政府はない。なぜなら彼らが政府そのものだからだ。むしろ政府の方が彼らのために介入してくれる。
パーヴェル・フェドロフ、スヴェルドロフ州の州議会議員。この男が大富豪に成り上がっていく軌跡には今のロシアの全てが凝縮されている。もともとはスヴェルドロフ州エカテリンブルク一匹狼のチンピラだったがウォッカの密造からはじめ、やがてエカテリンブルク警察内部の友人や元特殊部隊の軍人と手を結び、実業家への道を歩んでいくのだが、この過程で彼に不都合となった人物は次々と殺されていく。警察はもちろん捜査をしない。それどころか警官隊をフェドロフの私兵として提供する。やがてフェドロフはロシア有数の企業、カチカナル・コンビナートに目をつける。この頃にはスヴェルドロフ州知事がフェドロフの友人になっており、つまりスヴェルドロフ州の法執行機関はフェドロフの手足も同然になっていた。フェドロフは優良企業カチカナル・コンビナートを破産に追い込み安値で買収する。必要ならば連邦保安部隊を投入して抵抗を排除する。ちなみにエカテリンブルク警察のフェドロフの友人は後にプーチン大統領の側近となった。
これはロシアの腐敗堕落ぶりを示すの一例にすぎない。国有財産を詐取するニューロシアン。ニューロシアンと結託する官僚と政治家。そしてロシア軍、ロシア国内では部下を搾取しあまつさえ奴隷をして売り飛ばす、ロシア国外、チェテェンで暴行、誘拐、拉致、殺害といった戦争犯罪の限りを尽くす。こうした人達は国家を所有する立場に回っており、いかなる行為も国家によって免責され祝福される。かつてのノーメンクラツーラの復活である。
一方大多数のロシア人、国家をノーメンクラツーラに奪われた人達は悲惨である。今のロシアには表玄関サンクト・ペテルブルクをピカピカに磨き上げる金はあっても、シベリアのイルクツークの壊れたガス管を取り替える金はない。これが原因で老人が一人凍死した。
「プーチニズム 報道されないロシアの現実」の著者アンナ・ポリトコフスカヤはこうした幸運な人達の情景と幸運ではない人々の現実を巧みに配置して今のロシアが陥った天国と地獄が同じ屋根の下に同居している状況を冷徹に描き出している。

*1:参考 黒字に悩む??ロシアの2005年度国家予算 http://www001.upp.so-net.ne.jp/dewaruss/rosiakokkayosan_kuroji.htm