文庫版ラブクラフト全集が15年の時を経て堂々完結した件について

ラヴクラフト全集7 (創元推理文庫)

ラヴクラフト全集7 (創元推理文庫)

でもラブクラフトはとっくの昔にスコープから外れているし、この最終巻は主に初期作品が収録されているので特に読むのがつらい。ラブクラフトがこんな話ばかり書いていた作家だったら、ウィアードテイルズに載った他の作家同様無名作家の歴史に埋もれただろう。
ではなぜ買ったかというと、やはり元ラブクラフィアンとしてはこのイベントに参加するのは義務だろうし、また訳者の大瀧啓祐氏の解説が読みたかったからだ。15年の時を経た最終巻である。相当感慨深いことが書いてあるだろうと思い、読んだ。期待は裏切られなかった。
大瀧啓祐氏の個人的感慨が述べられているのは30頁近い「作品改題」の冒頭の3頁ほどであるが、傑作集が全集に化けてしまった経緯は興味深いし、「私は逆に落ち込んでしまった」という告白には氏のラブクラフト作品に対する愛情と誠実さが表われている。また以下の一節は翻訳者稼業の舞台裏がよくわかる。

本全集一巻分に相当する長さの通常の小説なら、職業翻訳家はほぼ一ヶ月で訳了するし、そうでなければ職業翻訳家の生活は成り立たないのだが、ラブクラフトの文章を同じようなリズムとレヴェルの日本語にするのは一筋縄ではいかないうえ、テキストの照合という作業も加わるので、わずか一巻の翻訳に半年あまりもかかってしまう。職業翻訳家としては自殺行為に近く、重版印税だけで丸一年暮らせた奇跡の年がなければ、第六巻にとりかかることなどできなかっただろう。

ラヴクラフト全集7 (創元推理文庫) 351ページ

この第六巻が出たのは15年前である。昨今の出版事情からすれば「重版印税だけで丸一年暮らせた奇跡の年」は二度と巡ってこない黄金の日々であろう。そうです。誰がなんと言おうと新刊を買わないのはアンフェア(by 東野圭吾)です。まあ僕も人の事はあまり言えないが。