紙の報告書は古いか?


「我々はデータ分析などは徹底的にやります。他球団さんはその分野で遅れているみたいですから。スカウト活動も手書きの報告書を書くような従来の作業とは違います。インターネットの最新鋭の技術を使うことになるでしょう」

楽天の球団幹部がスカウト部門のIT革命をぶち上げた。スコアブックをつけながら有力選手の動きをメモする他球団スカウトに対し「紙ベースは古い」と一蹴。楽天はそこにIT機器の導入を図る。

 まず、地方在住のスカウトがデジタルビデオカメラを片手に有力選手のプレーを撮影。その動画をインターネットで球団施設に即配信する。球団事務所や宮城球場には大型スクリーン備え付けの『ITルーム』を設け、広野編成部長、田尾監督ら首脳陣がリアルタイムで“金の卵”をチェックするのだ。
 
スカウト活動は“早さ”がそのまま“誠意”となる。「最初に来てもらった球団にお世話になります」とは、ドラフト指名選手がよく口にするセリフ。他球団のスカウトが報告書を書くころ、楽天はすでに行動していることになり、「いい選手だと思えば、すぐに飛んでいって実際に見ます」と広野編成部長も鼻息が荒い。

「紙ベースは古い」
本当にそうだろうか?
実は紙の報告書を使わないのではなく、紙の報告書を書けるようなスカウトを雇わない。あるいは雇えないのではないか?
ちゃんとしたスカウティング・レポートを書くためには、スカウトには自分の目で選手の特徴や素質を見極め、そしてそれを他人に理解できるように文章として表現する能力が必要とされる。
しかしデジタルビデオカメラを回すだけならそこまでの能力は必要とされない。良さそうだと思った選手にカメラを向けておけばよい。後の判断は全て本部がやってくれる。
おそらく楽天が考えているのはこういうことだろう。従来の球団と違い専従スカウトはごく少数しか雇わない。その代わり、日本全国から高校野球経験者程度の人を対象として、副業してのスカウトを大量に募集するのでないか。そしてその人達が送ってきた情報を元に本部からいきなり部長クラスの人間が飛んでいくのだ。
一見すると凄いように見えるが、何のことはない。現場のスカウトには接触や交渉などの権限を与えるつもりはないし、カメラを回す以上の能力も期待していないのだ。
ついでに言えば、既存の球団なら全国津々浦々の高校球児の情報はスカウトが持つ人脈、高校やリトルリーグの監督、父兄、OBなどといった人々との繋がりで構成される人脈を通じて集められる。「○○さん、あそこにいい選手がいますよ」というやつだ。
だが新規参入球団の楽天には、そういう人脈の資産がないのである。だからハイテク機器を持った素人スカウトを大量にばらまくというやり方で対応しようというのであろう。こういった既存の野球界との繋がりの薄さは楽天の弱みなのだが、これを「IT野球」や「電脳集団」という言葉で誤魔化してしまうあたりは、いかにも楽天というか、ITイケイケドンドン企業らしい。
でもこのやり方は本当にうまくいくのだろうか?
話が変な方向に飛ぶが、湾岸戦争911、アフガン戦争やイラク戦争におけるアメリカの諜報活動の問題点としてHUMINTの軽視が指摘される事が多い。
HUMINTはHuman Intelligenceの略で、人間のスパイを使った諜報活動のことである。現地に潜り込んで人々と接触して情報網を作り上げるという古典的な諜報活動である。
アメリカは冷戦終結後、人間のスパイではなく偵察衛星や通信傍受といったハイテク諜報活動に頼りすぎ、人的要素によって得られる情報が不十分だったため、クウェート国境に集結したイラク軍の意図を見抜けず、同時テロも阻止できず、ビンラディンには逃げられ、イラク戦争は泥沼化したというのである。
楽天のハイテクスカウト活動とやらも同じ道を辿るのではないか?
さらに言えば、もっと大きな疑問がある。
楽天はIT企業である。そしてIT的な人との付き合いというのは、都合のいい相手だけと、都合のいい時に、都合のいいやり方で付き合うというものだ。
こういう付き合い方は実社会、特に地方において通用するのだろうか?
地方の人々は日頃からの付き合いというものを非常に大事にする。そして既存球団のスカウトはそういう方面への地道なフォローも常に行っている。義理を欠かさないというやつである。そんなところへいきなり部長クラスが乗り込んでくるようなやり方が通用するだろうか?大体、楽天の仙台への進出にしたところでライブドアの後から無理矢理乗り込んでいって顰蹙を買ったのでないか?
はたして義理人情、地縁血縁の世界に楽天流のやり方は受け入れられるのだろうか?
こう考えるとこの問題は野球界に止まらず、地方におけるIT化の推進やIT産業の勃興といった問題にも通じるところがあるのではないかと思われる。
そういうわけで、本日最初のエントリに書いた『特集 しまねIT新時代』とこのネタは繋がってしまうのであった。めでたし、めでたし。