「変身」2題

ある朝、うち続く悪夢から目覚めたグレゴール・ザムザは自分が一匹のジャパニーズの営業マンと化しているのに気づいた、というのははしょりすぎである。
これは同じく紀伊國屋書店での出来事である。岩波文庫のコーナーに行った僕は、カフカ変身・断食芸人 (岩波文庫)が平積みになっているのを見てピンと来た。このピンと来たというのは書店徘徊を趣味とする人なら分かるあの感覚である。手に取ってみると改訳第一版とある。奥付には2004年9月14日発行とあるから出たばかりであろう。そしてその本の中で我らがグレゴール・ザムザ氏は改訳者の手によってセールスマンから外回りの営業マンに変身させられてしまったという次第である。
後書きによるとセールスマンという言葉は古いので営業マンに変えたのだそうな。おなじ理由でザムザ氏の上司も支配人から部長に変えられてしまった。そういうわけで「変身」は出社拒否症の営業マンが部長に怒られるという話になってしまった。確かにそういう一面もなくはないが、でもやっぱ変だよ。「営業マン」も「部長」も。
とくに「営業マン」なんて言葉は嫌すぎ。営業マンを職務としている方には申し訳ないが、カフカの世界に「営業マン」なんて「漢字+カタカナ」の言葉を持ち込むのは断固拒否したい。語感が悪すぎる。部長も同じだ。20世紀初頭のプラハには「商事会社の部長」より「商会の支配人」の方がずっとふさわしい。似たような時代、シャーロック・ホームズのロンドンに「営業マン」なんてものを出したら、そんな訳者は日本中のシャーロキアンから袋だたきにあうだろう。それに古いっていう理由で変えていいんならアーサー・ミラーの「セールスマンの死」も「営業マンの死」になってしまうのか?なんか接待続きで胃に穴が空いて死んだサラリーマンみたいで嫌じゃ。どうも後書きを読むとこの改訳者は語感というか言葉にまつわるイメージに鈍感というか無理解なところがあるんじゃないかと思う。

変身ネタもうひとつ。
モンブランは作家シリーズという限定品の万年筆を毎年出している。限定品と言っても14000本も出しているのでどこが限定品だと言いたいのだが、とにかく限定品なのである。このシリーズでは1992年に出たヘミングウェイが超有名で、当時は8万円だったものが、いまでは一本数十万円の値が付く。
前置きが長くなったが、今年の作家シリーズのテーマはカフカである。没後80周年記念ということでカフカになったらしい。銀座の伊東屋にパンフレットがあった。
ネットではこちらに写真がある。Montblanc Franz Kafka - Writers Edition 2004

この万年筆なんだがデザインが素晴らしい。
万年筆の軸がペン先の方が丸くてお尻の方が四角になっているのである。パンフレットによると四角から丸への変容はカフカの「変身」への賛辞なのだそうな。んでもって18金のペン先には「虫」、カフカが変身した「毒虫」の絵が刻んであるのだ。
こんな万年筆欲しいですか、皆さん?
このモンブランの作家シリーズ。以前は古典的なフォルムの美しい万年筆を作っていたのだ。

ところが去年あたりからおかしくなっている。

そして今年のカフカである。古典的な枠組みの中ではやれることが無くなったのか。それともデザイナーが馬鹿になったのか。どっちだろう?

ちなみにパンフレットによるとカフカシュールレアリスムの偉大な作家なのだそうな。カフカシュールレアリスムの先駆を見るとかいう話ならともかく、年表的にはシュールレアリスムアンドレ・ブルトンの「シュールレアリスム第1宣言」から始まる。これが1924年カフカが死んだのもこの年です。ですからカフカシュールレアリスムの作家とは言えないと思うのですけど。


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