不死鳥の剣―剣と魔法の物語傑作選
中村融氏による日本オリジナルのヒロイック・ファンタシー・アンソロジー
収録されている作品は以下の通り
- サクノスを除いては破るあたわざる堅砦
- ロード・ダンセイニ 「夢見る人の物語 (河出文庫)」,「世界の涯の物語 (河出文庫)」,「ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫FT)」
- 不死鳥の剣
- ロバート・E.ハワード 「コナンと黒い予言者 (創元推理文庫 514-5 コナン・シリーズ 5)」,「コナンと荒鷲の道 (創元推理文庫 514-3 コナン・シリーズ 3)」
- サファイアの女神
- ニッツィン・ダイアリス
- ヘルズガルド城
- C.L.ムーア 「暗黒神のくちづけ―処女戦士ジレル (ハヤカワ文庫 SF 139 処女戦士ジレル)」
- 暗黒の砦
- ヘンリー・カットナー 「吸血鬼 (恐怖と怪奇名作集)」
- 凄涼の岸
- フリッツ・ライバー 「霧の中の二剣士 (創元推理文庫―ファファード&グレイ・マウザーシリーズ (625‐4))」,「魔の都の二剣士 (創元推理文庫 625-2 ファファード&グレイ・マウザーシリ)」
- 天界の眼
- ジャック・ヴァンス 「冒険の惑星 (1) (創元推理文庫 (647‐1))」,「復讐の序章 (ハヤカワ文庫 SF―魔王子シリーズ (631))」
- 翡翠男の眼
- マイクル・ムアコック 「メルニボネの皇子 (ハヤカワ文庫 SF―エルリック・サーガ (587))」,「永遠のチャンピオン (ハヤカワ文庫 SF 529―エレコーゼ・サーガ1)」
要するにコナンとジレルとファファード&グレイマウザーとエルリックが1冊の本に収まっている大変貴重なアンソロジーである.いや本当に貴重なのだよ.
ヒロイック・ファンタシーという言葉はSF作家,スプリング・ディ・キャンプ(「妖精の王国 (ハヤカワ文庫 FT 20)」,「悪魔の国からこっちに丁稚〈上〉 (電撃文庫)」など)が作った言葉でその定義を煎じ詰めると
- 魔法が通用し,機械文明が起こっていない世界を舞台に
- 剣を振るう英雄が
- 邪悪な魔術師や超自然の怪物と戦いを繰り広げる物語
だそうな(不死鳥の剣 397ページ)
しかし本アンソロジーを読む限りではこの定義には少し問題がある.正しくはこう書き換えられるべきであろう.
- 魔法が通用し,機械文明が起こっていない世界を舞台に
- 剣を振るう英雄が
- 邪悪な魔術師や超自然の怪物にぼこぼこにされる物語
いや,だって本当にそうなんだもん.収録作品中,主人公が魔剣の力を借りたとはいえ,きっちりラスボスと戦って倒しているのは「サクノスを除いては破るあたわざる堅砦」に出てくるレオスリックだけだ.あとフリッツ・ライバーとジャック・ヴァンスのも主人公が自力で困難を克服しているが,話が敵を倒す話ではない.
あとの連中はラスボスを倒すのにデウス・エクス・マキナにお出ましを願っている.まあコナンは許そう.人間の敵は全部自分で倒したからね.「暗黒の砦」のレイノルもまだ許せるか.一応,ラスボスの首をへし折って始末をつけている.
これが「サファイアの女神」のカラン王になると結局偉いのはお供の<赤い荒野の男爵>コトとそのお父様だし,エルリックはケリをつけるのが例によってストームブリンガーとアリオッチだし,ジレルに至っては,あんた何かやった?悪霊の餌にされただけじゃん.
なんでこんな事になっているかというと「剣を振るう英雄が邪悪な魔術師や超自然の怪物と戦う」という設定に根本的に問題がある.この手の話の主人公は剣の腕が立ち,精神的,肉体的には常人の域を超えており,神様に依怙贔屓されているとはいえ基本的には普通の人間である.一方,敵,特にラスボスは「邪悪な魔術師や超自然の怪物」なので普通の人間が普通にボコ殴ったくらいでは倒せる相手ではない.つまりこの手の小説は普通の人間が普通じゃない敵をどうやって倒すかという解決困難なジレンマを抱えているのである.そして誰もがいつも「一つの指輪を滅びの山の火口に投げ捨てる」みたいなエレガントな解決策を思いつけるわけではないので,結局普通じゃないラスボスを倒すために超自然的な力を介入させざるを得ない.まさにご都合主義である.いやご都合主義はいいんだけどあまりにも唐突すぎたり,主人公が馬鹿や弱虫に見えちゃうような結末は問題がある.
ところで最初に「大変貴重なアンソロジー」と書いたが,どの辺が貴重なのかというと,実は上に上げた作家の本は新刊本ではもはや手に入らないものばかりなのである.
ロード・ダンセイニの本はなぜか新刊本で揃うのだが,それ以外の作家の本は古本屋かAmazonのマーケットプレイスで手に入れるしかない.C.L.ムーアやジャック・ヴァンスあたりならともかく,あれだけ出たムアコックの本が全滅しているというのはちょっとショックだった. タイムマシンで昔持ってた本を百冊くらい現代に引っ張ってきて売り払えば一財産,って元が文庫本ばかりだから大した値段にはならないか(笑)
そういうわけでコナンやエルリックやファファード&グレイマウザーという名前を聞いた事はあるけど読んだ事はないという方にはお勧め.というかこの本以外の本を読もうとするとちょっとした宝探しをやる羽目になるのですよ.
追記
ファファード&グレイマウザーシリーズはめでたく復刊することになった。
魔の都の二剣士 <ファファード&グレイ・マウザー1> (創元推理文庫)
- 作者: フリッツ・ライバー,浅倉久志
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2004/10/28
- メディア: 文庫
- 購入: 2人 クリック: 14回
- この商品を含むブログ (60件) を見る