住所と地名の大研究

住所と地名の大研究 (新潮選書)

谷川俊太郎の詩集「定義」に「私の家への道順の推敲」なる詩が納められている.文字通り谷川俊太郎が自宅への道順を説明する文章がなぜか散文詩になってしまったという代物である.この詩の裏事情を書いたエッセイによると谷川俊太郎はドイツ人から自宅の住所を聞かれて教えたところ,それではおまえの家にどうやっていけばいいかわからん,と言われたそうな.
外国は通りの名前+番地とか,都市自体が格子状になっているので住所を教えれば,家への道筋はだいたいわかる.しかし日本はそうではない.
この辺の事情について説明してくれるのが本書である.日本の住居表示が分かりにくいのは...それ自体簡単には説明できないのだが(笑)番地というのはもともと地番,土地の番号だったのである.地番は1筆の土地についた番号で,分筆(土地をわけること),合筆(土地を合併すること)などすると地番が変更される.したがって長い年月の間には番地が複雑化(1-3-2)したり,合筆した場合には番地が欠番になったりする.
これだけで終わればまだいいのだが,昭和37年に「住居表示法」が制定される.この法律は従来の地番による住居表示ではわかりにくいので,地番によらない住居表示法を制定しようという趣旨の法律である.
これで現在かなり広く使われている何丁目何番地何号のような住居表示が導入されたのであるが,問題はこの新住居表示法が「地名はひたすら合理的な符号であるべし」と固く信じて疑わない人間によって推進されたので,後に数々の問題を引き起こすことになる.由緒ある地名が消える問題なんかもそうで,40年以上も前にそう決めたというだけのことが,現代においてもごり押しされているのだ.お役人のやることはどこも変わらない.
他にも「番外地とは」や「大字とは何か」といったトリビアルな知識.あるいは著者が地名保存運動に参画して失敗した経緯のことなど,地名に関わることがらについてはだいたい網羅されている.著者はわかりにくい住居表示を改善するために歴史的な小地名を復活させようという主張をしている.旧地名の復活は金沢などで行われている.

歴史伝える名前通し/みんな地元に愛着を
http://hokuriku.yomiuri.co.jp/kodomo/02-10/2-1016i.htm

その一方で「四国中央市」なんてものが出来てしまうのが世の中ではある.
しかしwikipediaのこの記述は本当なのかね?

将来、道州制が導入された時に州都になることを目指して命名。しかしその選考過程に問題があり市の内外で批判が多い。市名そのものについても全国的に「変な市名」として悪評が高く、地元周辺でも批判が多い

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